遺伝子工学の初期の応用研究
1979年、ジェネンテックという研究を目的とした小さな会社が株式を上場しました。
熱狂的な取引のうちに、その株価は数時間で2倍になりました。
同社が所有する新しい「組換えDNA技術」から生み出される将来の製品として、インシュリン、インターフェロン、新規のワクチン、ホルモンなどの名があがったことから、誰もがこの新しい科学分野にこぞって第一歩を踏み入れたいと考えたのです。
かくして、市場の開拓をめざす遺伝子工学の幕が切って落とされました。
1970年代の後半、組換えDNA技術が、このように華々しい希望を抱いて登場し、その後、それに対する世間の関心が急速にしぼんでいったのはなぜでしょうか。
入気の急激な上昇と下降の種子は、それ以前にすでに撒かれていたのです。
遺伝子工学ブームは、3つの出来事に支えられていました。
研究者は、遺伝子を思い通りに操作する前提条件として、遺伝子とそれが働く仕組みに関する知識、すわなち、過去100年間の遺伝学の遺産である間接的な知識ではなく、遺伝情報の格納庫としてのDNAそのものに関する詳細な知見を必要としていました。